![]() |
![]() |
![]() |
![]()
ボクサーの夢が芽生えたは小学生の頃で、テレビで当時の世界フライ級チャンピオン大場政夫(世界王者のまま、12年前に交通事故死)のファイトを見てから。 中学卒業後、単身、東京に出て協栄ジム(現、ワールド・スポーツジム)の練習生になったが、製麺所などで働くのに忙しく、結局半年余りでいったん断念。 しかし、3年後京都に帰ると再び「ボクシングへの熱い思い」が頭をもたげ、塚原ジムへ。 染色業の仕事に就くかたわら、今度はじっくり基礎をたたき込んだ。 右の握力は約60キロと人並み以上だが、左は練習を怠れば35キロまで低下する。 そのうえ、中学時代に交通事故で複雑骨折した左足が寒さに弱く、冬のロードワークはこたえる。 こんなハンディをカバーしたのが、柔軟な体、天性の勝負カン、たくましい精神力だった。 一瞬の隙をつく右のクロスカンウターはその一番の成果だ。 |
![]()
|